【社会】宮本茂氏に文化勲章!

任天堂大好きおじさん大歓喜!

宮本茂氏に文化勲章!

【快挙】任天堂・宮本茂氏が「文化勲章」を受章、ゲーム関係者としては初。“ゲームが文化になった50年”についても触れる会見の質疑応答を詳細に掲載

↑ニュース記事。

2026年10月23日、文部科学省は令和8年度における文化勲章の受章者を発表し、任天堂の取締役フェロー・宮本茂氏が同勲章を受章することが明らかとなった。

「文化の発達に関し特に顕著な功績をあげた者」に対する勲章である文化勲章は、1937年の制定以来、日本画家の巨匠である横山大観、ノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹、スポーツ選手の王貞治氏、故・長嶋茂雄氏らが受章してきた、非常に名誉ある勲章と言える。

文化勲章って,私にとっては身近ではないのだけれど,この機会に一覧を眺めてみた。

既に累計400名近くが受章しているようで,この2026年だけでも8名が受章しているのだなぁ。

今回注目したいのは,文化勲章受章といった社会的な肩書だけでなく,質疑応答ででてきた以下のやり取りだ。

──生成AIの発展でものを作るハードルが下がるなか、ゲームデザインというジャンルでは「人間がどこまで才能を発揮できるか?」が問われているように感じます。生成AIと文化としてのゲームについて、どうお考えですか?

宮本氏:
とても規模の大きな質問ですね。ちょっと昔話をすると、ちょうど僕らの時代にコンピューターが出てきて、タイプライターからワードプロセッサへと、どんどん道具が進化していきました。

たとえばデザイナーは、ポスターの文字をきれいに書く「レタリング」という技術を学校で習います。昔はそれができれば、もうデザイナーと呼べたんですね。海外で流行っているデザインをなんとなく日本語にしてレイアウトするだけでも、デザイナーと呼ばれた。

ところが、コンピューターやワープロが進化すると、文章はどこかからコピペできるし、絵もどこかから持ってこられるし、文字もきれいに書いてくれる。そうやって道具が技術的な部分を引き受けてくれるようになって初めて、レイアウトのセンスのような、その人個人のデザイン能力が表に出てくるようになりました。

これによって、ご主人がデザイナーで奥さんが家事をしていたとしても「実は奥さんの方がデザイン能力が高かった」というようなことが、どんどん起こったんです。それが、道具が変わるということなんです。

いま、生成AIで起きていることはそういうことだと思います。

僕らはいつも、「作る」ことと「作業する」ことを分けて考えています。何かを作ろうと思ったら、まず大きな構成を作る。そこから先は空いている穴を埋めたり、きれいに仕上げたりするのが「作業」です。

これが厄介で、作業って楽しいんです。作業をしていると、ものすごく「作っている」満足感がある。でも怖いのは、その作業に満足して、「けっこういいものができた」と勘違いしている自分なんですよ。

だから、AIがいろんな作業をしてくれるようになればなるほど、本当に「作る」とはどういうことなのかを、みんなが真摯に考える機会になる。それは大いにいいことだと思っています。

過去のデザインにも、コピペだけで出てきたものはあったでしょう。でもそれは、ずっとは残らないですよね。デザインに何があるかというと、何かをデザインしようという個人の意図で、コンピューターにはその作業を手伝ってもらっている。

AIがどこまで進化して、いつか「作る」を含めたすべてをやってくれる日が来るのかはわかりませんが、現時点では、まだまだ我々がやれることは残っているなと思います。

道具が変わることで社会的な価値が変わる。

作ることと作業することは別物で,作ることで満足感を得がち。

この考え方は印象に残った。

社会経験を積んだり,随筆や論説を読んできたりしていないとこのあたりの理解は子どもたちには難しいかもしれないけれど,良い教訓になるやり取りだな。

そう感じる,何度読んでも良い話だな。

余談。

こういった単純な話ですら,レタリングのイメージがわくかどうかで理解に差がつくかもしれないね。

レタリング自体は中学美術で誰もが義務教育の範囲で習っているはずのものだけれど,小学生はまだだからね……。

ブログ,社会

Posted by ともや