(昨年の「三原うきしろ祭り」より。今年のうきしろ祭りは中止だそうで,ザンネン。)
授業でやれよ…って話ですけれど。
歴史は研究が進むと解釈が変わる
「地理」は世界情勢により内容が変わる。
「歴史」は変わるはずがないものの,研究が進むと解釈が変わる。
「公民」は社会情勢により内容が変わる。
「社会」は内なる思考だけではこの変化についてゆけない。
だからこそ,講師は生涯学習してゆく科目となる。
「参勤交代」の解釈の変化
目的は「大名の経済力を削ぐため」。
…と長らく考えられていた。
…考えられて「いた」のだ。
恥ずかしながら,私もこの「大名の経済力を削ぐため」と指導してきたことがある。
が,現在の解釈ではどうか。
幕府側が「参勤交代にかかる人数を減らせ」とか「遠方の藩は免除」など,参勤交代にかかる費用を憂慮している様子のわかる資料が見直されている。
結果,現在は「将軍と大名の主従関係の確認(維持)」が目的とされているようだ。
これは現代社会でも行われている,「立場が上の人のもとへ直接アイサツへ伺う」という行為そのものともいえるし,形が少々かわっても,現代でも見られるほどの制度であるともいえる。
目的と結果の食い違い
「でも実際に大名の経済力が弱ってるじゃん!」
…という反論があるかもしれない。
が,「結果的にそうなった」ことと,「もともとの目的」は食い違うことがある。
この「参勤交代」もそれで,「もともと経済力を削ぐ目的は無かった」のだけれど,「結果的に経済力を削いでしまった」となっているだけのことである。
歴史を研究する上で,先に「結果」を知ってしまっているから,ここをややこしく感じる方がいらっしゃるのかもしれない。
東大入試(1983年)
「大名の経済力を削ぐため」に一石が投じられたのは,この入試問題なのではないか…と個人的に思っている。
参勤交代が、大名の財政に大きな負担となり、その軍事力を低下させる役割を果したこと、反面、都市や交通が発展する一因となったことは、しばしば指摘されるところである。しかし、これは、参勤交代の制度がもたらした結果であって、この制度が設けられた理由とは考えられない。どうして幕府は、この制度を設けたのか。戦国末期以来の政治や社会の動きを念頭において、150字(句読点も1字に数える)以内で説明せよ。
東大入試より
そもそも問題文に「(大名の財政に大きな負担をかけることが,)参勤交代が設けられた理由とは考えられない」と書かれているのだ。
「日本一の大学」ともいえる東大の入試問題で明言されたのは,世間への影響が大きい。
インターネット上で無名の方が主張するのとはワケが違う。
今は情報社会であり,調べればいろいろな意見を見ることができ,比較し,自分の解釈へと繋げてゆくことができる。
(1983年…こんなに昔に話題になっているのに,いまだに正しく指導できない教師が居ることよ…。「参勤交代」に関わらず,私もいまだに解釈の間違っていることがあるだろうから,身を引き締めねば。)
注意すべきこと
このように研究が進んでも,「『問題集の解答』や『入試問題の採点基準』は古い解釈を正答としていることがある」ということ。
だから,いくら自分が正しい知識を身に付けようとも,問題を解くときには,「問題作成者,採点基準作成者が何を答えさせたいのか?」を考える必要がある。
学力上位層であればあるほど,こういった「作成者より上の視点に立たねばならない」ことになるだろう。
さすがに1番手校の問題ではこういった場面に出くわすことは皆無に等しいが,2番手校の問題ではたびたび遭遇する。
2番手校を第一志望にしている子たちには,このような深い話はより伝わりづらいことでもあるし,どういった方向性で解説するか,苦慮する場面である。
何はともあれ,正しい解答としては…,「結果どうなったか?」という意図の問いでは「大名の経済力が削がれた」でも正しいけれど,「目的は何か?」という意図の問いでは間違いとなる。