【教育】知識と思考のバランス

昨今ふわっと考えていることを考察。

知識と思考のバランス

昨今の学校教育,そして入試の風潮を見ていると,思考力にフォーカスするものが増えてきた。

これ自体が悪いことではないのだけれど,こと何ごとも二極化したがる人々は多いもので。

本来,知識(暗記)と思考は両輪であるもので。

暗記していたから思考するときに取り出すことができる,ものごとを繋げることができる。

思考しているから単なる棒暗記にならず,ものごとの繋がりの理解しながら知識を増やせる。

そういうもの。

これが,今の教育現場では,何も知識のない状態で『思考せよ』『議論せよ』とする場が目立つようになってきた。

時代によってこれらのバランスの軽重が変化してゆくものだけれど,現在は思考偏重になっているのではないかなぁと,そう思う。

既に知識が充足している子は思考力がつくけれど,不足している子は何も得るもののない時間になりかねない。

各個人でできることは,日常生活の中でさまざまな知識を付けるよう意識しておくことか。

いま,ほんの一行の文が読めない子の割合が高くなっているようで。

そうなると,『誤読しても答えが合うようにしつらえられた問題』は解けるけれど,そうでない問いには全く手が出ず,今後の学習すべてにおいて無為な時間を過ごすことになってしまう。

ここから中学受験塾らしく中学受験の話題に。

いま,近隣の入試は適性検査の出題にシフトしつつあるところで,学力上位校は基礎力がついている前提で読解力・思考力・課題解決力を問う出題になってきており,これには確かに学力上位層は対応できると思う。

気になるのは,少子化の世の中にあって,いったい何人くらいがその水準に届くのだろうかというところ。

具体的には,合格ラインまでの人数を鑑みて,その水準に達していない子たちまで抱える必要のある学校の出題もそれに倣ってゆくことがどう影響していゆくのかなということ。

科目入試であれば,単なる棒暗記でも,一問一答ができるくらいに学習時間を割いてきた子であれば点数が取れた,問題文が読めなくても計算問題なら点数が取れた……そういった層の子たちは,近隣の適性検査式の出題では点数が取りづらくなるだろうことが予想される。

今後の近隣中学入試界隈はどうなってゆくのかな。

どのような流れになっても,学習したい子どもたちがおれば学習塾として助けになるのが私の役割で,長期的にみて子どもたちの力になるであろうことを与えてゆければ幸いだ。

ブログ,教育

Posted by ともや