【TV】素顔のギフテッド

Posted on 2020年3月17日【TV】素顔のギフテッド はコメントを受け付けていません

協力:MENSA」と聞いていたこともあり,視聴。

ギフテッド

語源は「gift」に「ed」が付いたかたち,すなわち「(天から資質を)授かった(者)」のような意。

簡単に言えば,「天才」。

ひとくちに「天才」と言っても,「数学的能力に優れる」とか「言語能力に優れる」,「音楽の才能ががある」といった,客観的に見て明らかに能力が突出している場合もあれば,「心理理解に優れる」とか「アウトプットは難しいが,思考能力に優れる」といった,外から見ても優れている能力が分かりにくい場合もある。

NHK番組「素顔のギフテッド」

小学生から50代の方まで,6~7名ほどのギフテッドのドキュメンタリー。

「優れた部分」に偏ることもなく,「周囲から浮いている部分」にも偏らず,非常に良いバランスでの紹介で,番組からは思想や結論を出さず,どう受け止めるかは視聴者に任せる,そういったスタンスの番組であり,非常に好感がもてた。

(昨今の報道番組は,思想誘導が当たり前ですから余計ね…。)

はじめは,数学,音楽,語学など,さまざまな「勉学」に突出した能力をもつ小学生の紹介から入り,「明るい内容がメインかな…」と思っていたのだが…。

生きづらさ

ギフテッドは,不登校や鬱,周囲から浮きやすいなど,生きづらさを多く抱えている例がよく見られる。

歴史上の偉人なども,日常生活面を見れば問題児のような偉人も多い。

番組内では,自分の能力を社会に役立てるすべがわからず,人生に行き詰っている方も紹介されていた。

今は,生を維持しているだけの状態…」といった旨の発言や,「周囲が1日8時間で1週間かけてやるようなことを,自分は1日でやれたので,『努力』を経験してこなかった」という発言も。

これらはイヤミに聞こえるかもしれないが,とても共感できる内容だった。

特に「『努力』を経験してこなかった」については,私も似たような発言をしたことがある。

しかも,昨年。

相手は「そうじゃろうなぁ」と笑って肯定してくれた。

彼は中学の同級生であった。

私が,夏休みの宿題を,夏休みが始まる前の,もらったその日に終わらせたり,課題のない時期はのんびり過ごしたりしていたことをよく知っているからだろう。

大学受験の勉強もロクにしてこなかった。

大学受験の指導には携わって来たし,実績も出してきたから,進路指導は適切にできる。

だけど,保護者からの「先生は高校生の頃どのように過ごしていたのですか?」という質問に対する答えは,全くアテにならないことだろう。

(今まで指導してきた経験で言うならば,ロクに勉強もせず大学受験というのはあり得ないことですよね…。)

「得意分野」で「社会貢献」

「好きなこと」よりも「得意なこと」を活かせ!…とはよく言ったもので。

得意なこととは,周囲が苦労していることを,自分は苦労せずにやれること」だ。

苦労の末に手に入れたものは,「ありがたみ」はあるかもしれないけれど,得意なこととは限らない。

規模が小さいながらも,自分の得意な能力を社会に生かすことのできる仕事として,塾を立ち上げた。

正直なところ,小さいころから検査を受けていたわけでもないし,何に対して資質があるのか,はっきりしたものは無い。

ただ,IQが高いというだけだ。

(しかも,標準的な検査だから,上限145のうちのパーセンタイルで計測する。すなわち138という判定は,「130以上である」ということは確かだが,どこまで高いかは高IQ者向けの検査を受けなければ分からない…。)

だけど,学力上位層に対する教育が得意なことは間違いないし,むしろ日常的に接する社会人と会話するよりも,好奇心旺盛な子どもたちと会話するほうが楽しいことが多々ある。

そういった子どもたちを相手にするならば,中学受験,または大学受験に携わるしかない。

広島県東部において,学力上位の中学生は中高一貫校に通う子たちが多く,高校受験塾を求めている層と私の得意な層は異なることが多いと考えている。

また,大学受験の場合,進路指導と自分の得意科目しか携われないだろうということもあり,中学受験塾を選択した。

そして初年度,通ってくれている子はまだ若干名ではあるものの,意欲充分な子たちばかりであるから,これから先が楽しみである…というのが現況だ。

番組の話からいつの間にか自分語りへ。

本当に個人ブログな塾ブログだ…。

(こういったことを自分でアピールするのは気が引けるのだが,MENSAnは三原市内に私以外いらっしゃらないと聞く。尾道市内も1名とのこと…。情報が新しくなり増えていたらご指摘願います。)