認知の歪み

認知の歪み

今年の私のテーマである。

とある一言

先日,とある方とお話ししていてハッとなったこと。

「よく覚えてるなーと思いました。あの記事,ともやさんが書いたものでなければ,単なる妄想だと思われますよね。」

あの記事とは,↓の記事。

『過程』とはいったい…

もちろん一言一句覚えているわけではないし,書き起こすときにテキトーに調整しているものである。

が,自分以外の脳内を確かめるすべはないもので。

(自分の脳内ですら,正しく認識するのは難しいもの…。)

「一般的には,さほど覚えていないものなんだなー」と改めて考えさせられた一言だった。

大局的ではなく,局所的な部分については「よく覚えているなー」と感じることは多いものの,大局的な内容を覚えている方って,確かに少ないかもしれない。

例えば,

「揚げ足取りが好きな方は,揚げ足を取れそうな部分だけを記憶に残している」

とか,

「自分にとってショッキングだった一言だけを記憶に残している」

とか,

そういった場面にはよく出くわす。

で,「揚げ足取り」だとか「ショッキング」だとか,そういった部分だけに意識がいっていしまい,大局的な話に関心がいかず,「会話が成り立たない」となってしまったり。

リアルタイムでの会話はもちろんのこと,この記事のように文字で書いてあるものですら,こういったことが起こるものである。

私自身,認知が歪まないように気を付けなばな…。」「(失礼ながら,)会話するときに,相手の認知が歪んでいないかにも常に注意を払わねばな…。そしてなるべく歪みがおきないような言葉選びを心掛けねばな…。」と身を引き締める一言であった。

この一言から考えさせられることは多かったが,そのうちのひとつがこんなところ。

こういった思考のきっかけとなる一言があるから,人との交流はありがたいなぁと感じる。