英語民間試験延期について思うこと

Posted on 2019年11月8日英語民間試験延期について思うこと はコメントを受け付けていません

先日,萩生田氏の失言が話題になった。

毎度のように現れる「ただただ人の失言を叩きたいだけ」の人々の心を掴むニュースではあったが,そもそも「英語民間試験に対する不信感」があまりに強かったため,問題に真に向き合う人にとっては,その「叩きたいだけ」の人々が追い風となったかたちだ。

教育者,そして大学入試を控える子どもたちや保護者の間で何年も前から話題になっている,大学入試共通テスト

全体として疑問符ばかりが浮かぶテストではあったが,中でもいちばん話題になっていた英語の民間試験

最近になって,その延期が発表された。

「延期」という事実

民間試験について懐疑的な教育者は多いことと思うが,それは別のところで論点にする。

まずは「延期」という事実のみについて注目して思うことを書いていく。

大学入試のための勉強は,子どもたちが中学高校の数年間をかけて行うことだ。

「学生の本分は勉強」と言われることもある。

そのひとつの終着点ともいえる「大学入試」。

(もちろん大学入学後も学習は続くが,個人個人によって専門分野がどんどん絞られるということもあり,「漢文」など科目によっては本当にひとつの終着点となりうるものもある)

今回これが「ブレた」ということが大きな問題だ。

高校2年生にとっては,来年度どのように活動すべきかが変わるわけであるし,すでに現在民間試験向けの勉強をしている子たちにとってはモチベーションをくじく要因のひとつにもなりうる。

(すでに今年度の活動から変わる子も多数いるだろう…。気の毒だ。)

高校3年生にとっては,「来年度から入試のシステムが変わるから,浪人を避け,堅実に志望校をワンランク下げておこう」などといった,目標の変更があった子も少なくないはずだ。

それが,その「来年度の入試システム」すら「ブレてしまった」という事実

決定が遅すぎることもあり,この影響は大きいだろう。

(そういえば,50年前に延期どころか東大入試が中止に追い込まれたこともあったけれど…)

振り回される子どもたちは,怒りのやり場も無い。

この件で親子間の不和を招いた家庭もあったのだろうなぁ…ということも想像に難くない。

英検の台風時の対応

これは少し前の出来事となる。

10月13日に実施された英検CBT

この日のテストは宮城県など一部地域で中止,または午前中のみ中止となったのだ。

これに関し,英検側は「代替措置」として指定日に再試験を受けることが可能としている。

が,それが早くて11月24日実施なのだ。

11月24日に試験が実施され,その結果が届き,それをもとに学校の先生が調査書を作成し…

果たして大学入試に間に合うのか?

間に合ったとして,受験日が1か月以上開くということは,入試直前期の勉強の切り替え方が,通常日程で受験した子たちと比べ全く異なる動きになるのではないか?

こういったところに疑問が残る。

さらに言うならば,英検側は「延期日程での再試験はできるが,返金には対応しない」という姿勢だ。

受験生側は「この時期に英検資格を取ること」にメリットがあるのであって,大学に入ってからは英検よりもTOEICやTOEFLに切り替えていく,または留学先で生きた英語を学ぶ子も多い。

ゆえに,「延期した日程で受験することに価値がない」場合も出てくるのではないか?

こう考えている。

今年度は入試に直接関係無いからそういった心配は杞憂に終わったものの,もし今後英検が受験に絡んでくるとするならば,このあたりの問題を事前に解決しておくべきだ。

何より,「これから先の未来を担っていく子どもたちが振り回される」ということに憤りを感じている。

天下り疑惑

英語の民間テストを勧めた人たち,すなわち文部科学省の人たち

英語の民間テストを実施する人たち,すなわちベネッセの関連団体たち

これらの双方に所属している人が複数いらっしゃることが話題だ。

すなわち,「自分たちの利益のために,英語の民間テストを推進した」ということ。

「生活のためにお金を稼ぐこと」,これに対しては何ら問題はないことだ。

だけど,自分たちの利益を確保するために,未来のある若者たちの受験システムを振り回すこと」,これはあってはならないことだと感じる。

今は,国全体の経済成長がストップし,「利益を増やすこと」自体が高度経済成長期よりも難しくなっている。

だからこそ,「利益に見合うだけの適切なサービスを提供する」,こういった活動をしていかなくてはならない。

繰り返しになるが,その中で,「若者を振り回そうが他人に迷惑をかけようが,自分の利益になることを,合法的に行う」という手法には憤りを感じざるを得ない。

子どもに手本を見せるべき大人たち,しかも政治を行う人たちが,「違法で無ければ良い,倫理観などどうでも良い」という姿勢を見せているのは情けないことだ。

ここまで批判的なことばかり書いてきたが,「批判」だけだとあまりに不格好なので,「英検」に関するポジティブな見解も,関連記事のリンク先で参照していただきたい。

今回の記事も「英検」自体の良し悪しについて述べているわけではなく,「大学入試での採用」に関わることについて述べているだけであることを付け加えておく。

いずれ,「記述式試験について思うこと」などについても書いておきたい。

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