先週の授業 ~6/29-7/4
2026年も半分が終わったそうですね。
5年生
5-6月のテスト。
理科社会の復習について,バッチリできている子が見られ,他の子についても全員がいくらかは復習している様子が見られて良かった。
反面,国語・算数の学習の基礎が緩すぎることが浮き彫りに。
数は概念であるが,それでは理解が難しいから,小学校低学年の導入では実体のあるものを使って学習してゆく。
それが,5年生になると『割合』『速さ』といった,まさに実体のないものを扱うようになってゆく。
このハードルは,教育現場にいる大人でないとなかなか実感することはできないかもしれない。
『問題の意味が分からなくても答えだけは合うように調整された問題』。
昨今の小学生を見ていると,これに慣らされてきていることを実感する。
小学校の学習と,中学受験の学習の乖離は以前よりさらに広がっているのかもしれないなぁ。
週後半からは7月の単元へ。
国語は漢字,短文,読解をいつも通り。
国語で詰まっている子をたくさん見てきたから,家庭でも国語学習をもっと積極的にやってほしい。
算数は『速さ』へ。
割合とはうってかわって,弊塾の指導では『みはじ』を使う。
将来邪魔になるものでもないし,狙いがあるから。
社会は『米作り』『野菜作り』へ。
理科社会の授業に関心をもってどんどん発言してくれる様子がこの子たちの好きなところだ。
6年生
5-6月のテスト。
全員が全員,取り組みがあまりにずさんで驚いた。
例年,弱点のある子ももちろんいて。
たとえば,算数だけとびぬけてできるがゆえに他の科目がいい加減な子,キレはないけれど全科目において真摯に努力して学力を伸ばす子,……などが見られるものだけれど,そのいずれも見られず。
塾での受験勉強は贅沢品。
やりたくなければ無理に通う必要はない。
能動的に学びに来ている子に与えられるものはたくさんある。
今まで通ってくれた子・保護者の方々から,私の言葉を大切に持ち続け,改めて私に伝えてくれることもたくさんあった。
(発言した私自身より,学びに来た子のほうがよく覚えていることが多々あるのはなんでやろなぁ。)
私自身,ここでしか学べない・体験できない学びは数えきれないと自負している。
反面,通いさえすれば自動的になんとかなると考えている子に与えられるものはわずか。
むしろ自意識だけが肥大化してゆくのであればマイナスかもしれない。
このブログでは何度も書いているけれど,『馬を水辺に連れて行くことはできても,水を飲ませることはできない』を痛感する。
そんなテスト結果だった。
授業はいつも通り淡々とやってゆくけれど,学ぶ意欲のある子がいれば,その子を中心にやってゆくことになりそうか。
塾業界の用語には『お客さん』という表現がある。
本人に意欲がなくて伸びないことが分かり切っているけれど,迷惑にもならないので受け容れているだけの状態をさす。
この状態になった場合,私の場合はお金をもらうことはできないためお話させていただくことになる。
ここが,会社としての塾と個人事業としての塾の大きな違いのひとつかもしれないなぁ。
ともあれ,自身を高める意志をもっている子を伸ばしてゆく塾として,引き続きいつも通り指導してゆく。
某荻野先生の言葉を思い出す。
正直賛同できない部分もあるのだけれど,『オレは生徒を客だとは思っていない』『(意欲がないなら)来ないでくれ』は私も同じ。
学習をしに来てくれている子がたくさんいるからこそ,意欲がない子たちに割くリソースが勿体ない。
私は小学生相手だから,ここまで厳しくはないし,かなりの回数チャンスを与える。
けれど,それを成長の機会とせず,単に『この程度は許されるから大丈夫か』『はいはいまた言ってるわ』で済ませているのであれば,この塾に通っていても仕方がない。
こちらからも『来月の授業料はいただけない』というシビアな話が出る。
(この話が1対1で出たらもう終わりです。生き方は人それぞれであることを尊重します。)
まぁ,こういった姿勢がこの塾の良いところだと考えている子たちにとっては,これほど適した学習環境は周辺には無いだろう。
(と,書いてみたものの,これでも私の意図が曲解されるんだろうなぁ……。)


