タイトルが長いが,広告戦略として有効だと思う。(メタネタかな?)
中学受験 子どもの人生を本気で考えた受験校選び戦略
著者は『じゅそうけん』こと伊藤滉一郎氏。
タイトルからしていかにも『お受験』のように思える書籍である。
おもに首都圏の中学受験事情の話題であろうことは分かっていた。
が,『じゅそうけん』についてはSNSで参考になる情報を発信されていることもあり,『首都圏の中学受験の現状』や『小中高大とんで社会人までを視野に入れて大局的に考えるとなるとどのように考えられるのか』といったことが学べそうかなと思い読んだもの。
本書は全6章からなる。
・これまでの常識は通用しない!激変する中学受験
・受験校選びの失敗は人生の失敗につながる!
・結婚観まで左右する!?男子校・女子校vs共学
・ナマケモノにならないために!進学校vs附属校
・自立心が育つか否か?管理型vs自主性重視型
・個性を活かそう!発達障害の子の受験校選び
以前からうっすらとウワサに聞いていた話題も含め,学びになる情報が多かった。
現在の親世代が受験を経験した頃と今とでは,中高一貫校の「勢力図」はまったく違ったものに変化している。
↑これなどは首都圏の話題であり,広島県東部のローカル事情とはやや異なる。
が,現在の保護者世代が子どもの受験について考えるとなると,当時の母校の入学偏差値や進学実績,さらには校風などに大きな変化があったり,また入試のスタイル自体にも大きな変化があったりするもの。
直近では中高一貫校ではないが広島県の県立高校の入試システムが大幅に変わったことが記憶に新しい。
そのほか『いつの間にか定員が大きく減った』ことに伴い『入学難度が上がった』なども。
このあたりは子どもの学力や努力云々の前に受験システムや学校に関する情報収集のほうが先立つもので,伴走する親の度量が問われることだろう。
特に『これくらいのことはやってくれるだろう』といったアテがはずれるなんてこともよくある。
(例:『定期テストの勉強くらいやってくれるだろう』→全然思い通りにやってくれなかった。等。)
話を戻して。
男子校のメリット・デメリット
女子校のメリット・デメリット
共学校のメリット・デメリット
これらについても大学の研究結果等をふまえて具体的な論が展開されていて良かった。
とはいえ広島県東部ではそもそもほとんどが共学校なので,目の前の事象に対してはあまり意味が無いかもしれないが……。
偏差値のみを重視し,子どもの個性,学校のカラーを無視した受験校選択は絶対にやめたほうがいい。
『管理型』学校のメリット・デメリット
『自主性重視型』学校のメリット・デメリット
首都圏の具体的な学校たちを詳しく分析しつつ,これらについて述べられていたのもとても良かった。
広島県東部……というよりもはや三原市・尾道市独特の中学受験事情として,広大附属福山と県立広島のどちらを志望するかといったものがよく取り沙汰されるもの。
例年受験日が異なるのでどちらも受験することは可能だが,入学後の展望まで考えるといったことがなかなかしづらいように思う。
こういった書籍を機に考察する機会にしても良いのでは。
中学受験より高校受験のほうが難度が低い。
これについては前提条件ももちろんあるため,一概に述べられた部分ではない……と補足しておく。
この見解は県東部のみの事情を考えている私も見解が一致している。
ただし,『学力や個人調査書に書かれるものが順調に推移した場合』という注釈が必要だろう。
先述のように,中学生活の間に親が思うように内申をちゃんと取ってくれないだとか,一部の科目は順調に伸びているのにてんで伸びない科目もあるとか,そういった事情を度外視して考えた場合である。
中学受験の頃より上位層が抜けた状態での競争となる……といった事情はどこも変わらないようである。
少子化の進む地方であれば,上位校の定員次第ではあるが顕著。
(まぁ,それに伴い上位校が定員を減らすとまた大きく情勢が変わるのだけれど……。数年後の広大附属福山は高校受験廃止となるため,高校受験ではこれが他校にも波及するだろう……。)
発達障害の子どもたちの進路選択
ADHDの人は……
ASDの人は……
LDの人は……
と,パーソナルな事情まではさすがにカバーしていないものの,それぞれの障害に対して向き合いつつ考察されていた。
私自身ASDであり,公立中から広大附属福山高に進学した身であるが,『小学生の頃に中学受験という選択を知っておきたかったな』と振り返ることはある。
もちろん中学校でも大切な友人関係はできたのだけれど,やはり自身の特性を加味すれば中高の6年間を自主性を重視した場に置きたかったという悔いは残る。
まぁ私自身のことはもう済んだ話であるので,このような選択肢があることを未来の世代に伝え,またその手伝いができることを仕事にしたいということから現在に至っている。
とはいえ,口で一回述べたら子どもたちがこのような社会事情を理解できるというわけもなく,伝わるタイミングを見つけて伝えてゆくくらいか。