AIが止まらない。
AI創作の俳句、高浜虚子の句より評価高く
AI創作の俳句、高浜虚子の句より評価高く 京都大学の研究グループ調査
対象となる俳句を、AIで生成した句をランダムに選んだもの▽AIで生成した句のうち京大生がよいと評価したもの▽著名な俳人の句―の3種類に分けた上で、その分類が分からないようにして評価してもらった。
その結果、選別を経たAI俳句が平均4・56点と最も評価された。俳人の句とランダム選別のAI俳句はそれぞれ4・15点、4・14点とほぼ同じ評価だった。
俳人の句とランダム選別のAI俳句の平均点がほぼ同じ,AI俳句を人が選別したものの平均点が最も高い……。
よくよく考えれば,『京大生が選別したもの』の『評価が高い』というのは,それは『人がよいと選別したものを他者もよいと評価した』ようなもので。(ややこしい)
ともあれ,作成をAIに任せ,選別を人が行うという工程を経たものがなかなか評価が高いということか。
量産について考えればAIのほうが圧倒的に速いわけで。
選別までできるAIが登場すれば,俳句はもはやAIには勝てる要素が無くなるなぁ。
反面,以下の部分にも注目である。
また、「AIが作った」と回答した句ほど「美しさ」を低く評価する傾向も明らかになった。AIアートを巡っては、人が手がけた作品の方が優れていると偏って考えがちな「アルゴリズム嫌悪」と呼ばれる意識が根強いとされており、今回の結果でも裏付けられたという。
事前に『AIが作った』と知らされておれば,評価が低くなるそう。
やはり芸術(アート)分野に関しては,『誰が作った』といった背景も加味して評価されるものなのだなぁ。
最近,鳥取県が3億円の現代アートを購入したことが話題になった。
『ニューヨークで見るから価値があるのであって,鳥取で見ても価値がわからないかな』というコメントがあったのを思い出す。
芸術(アート)はそのもの自体だけでなく背景や文脈とセットになると,そのもの自体だけのときとは価値が変動することがある。
著名な芸術家の背景があれば価値は高くなる場合が多いだろうが,それが『AI由来』という背景があると価値が下がるようだ。
ともあれ,『AI由来』と明かさず作品のみを見て鑑賞者が想像を膨らませるといったことにとどまる場ならば,もはやAIで十分ということになりそう。