先週の授業 ~4/20-25
もう新しい学年/学校には慣れましたか?
5年生
国語は漢字,短文,読解をいつも通り。
漢字の取り組みがガタガタ。
『知ってる』『できる』と感じるけれど全然知らない・できない……といったことを自覚するのが難しい世代に入りつつあるなと感じている。
これは,インターネットに触れるのが日常的になり,『知っているつもり』『調べたら分かる』といった慢心を生みやすくなったことが研究により示されている。
(イェール大学,テキサス大学など。)
具体的には,以下の3つ。
メタ認知の低下:自分が「何を知っていて,何を知らないのか」を正しく把握する能力が弱まる。
思考の浅薄化:「調べれば分かる」という安心感から,物事の構造を深く理解しようとする意欲が削がれる。
意思決定の誤り:実際には理解していないことに対して,誤った自信に基づいて重要な判断を下してしまう。
『まだ子どもだから』という理由も従来から存在するものの,それどころではない。
今後この傾向が徐々に顕著になってゆくのかな。
算数は3月4月の復習内容の特訓。
もくもくと集中すること,そして自身の誤りを見つけ,論理を学習してゆくこと──それ自体を学ぶ段階。
6年生と5年生では大きく違うなと感じている。
理科は『動物の誕生』,社会は『都道府県』の確認。
6年生
国語は漢字,短文,読解をいつも通り。
この3月4月は100点が基準になっている子が多めだったか。
という旨を全体に知らせると,どちらかというと取り組みの甘い子ほどすぐに慢心してしまうためあまり述べるべきではないかもしれないが……。
算数は『対称と折り返し』『回転』の問題演習。
アドバイスをしていきながらも,集中して独習できるよう促してゆく時間。
精神力の差が垣間見える。
理科は『天体』の復習,社会は『室町』『安土桃山』の復習。
理社の定着がどちらも苦しい学年は珍しい。
土曜演習は入試過去問を用い,超長文読解の練習。
目の前の子たちを鑑みて,中学入試の中でも内容が難しめのものはまだ避けているが,こんなに読めないのか……と実感する日々。
学びのベースは国語算数なんだよなと思い知らされる。
慣用句や社会のあれこれに取り組む時間も設ける。
ことわざ慣用句については,もう触れる機会の無い子は全然触れない時代になってしまったのかなぁ。
たとえば,手塚治虫を代表に,子ども向けのマンガでは多くのことわざ慣用句の使用例を見かけることができる。
が,動画やSNS文化が主流になり,活字どころかマンガに触れる機会も減ってきているそうで。
日々活字を浴びる人とそうでない人の差はどんどん開くばかりか。
SNSも活字が多く使われるものの,口語主体で誤用の頻度が極めて高いため,狭義では活字に含めたくはないなぁ。


